絵本はこどもにとって遊びであり、冒険であり、いろいろな感情や知識をもたらしてくれる存在です。特にしかけ絵本は飛び出したりめくったり、つまみを引いたり音が鳴るなど、五感に働きかけ想像力をかき立てくれます。それらはまた、大人にとっても手に取って読んだり、時にはアートとして飾ったりしたくなる興味深いもの。そこで今回は、しかけ絵本専門店「メッゲンドルファー」代表の嵐田さんご夫婦に、しかけ絵本への思いや、プレゼントだけでなく手元に置きたいおすすめの作品などについて伺いました。
MOKUJI
日本初のしかけ絵本専門店
しかけ絵本がまだ多くの人に知られていない時代にオープンしたというメッゲンドルファー。以前は、本の業界ではしかけ絵本の評価が低い状況にあったといいます。そんな中、日本初の専門店を始めたご夫婦にはしかけ絵本に対する熱い想いがありました。
しかけ絵本との出会い
もともと出版社に勤めていた康平さんがしかけ絵本と出会ったのは1980年頃。当時の社長が海外の作品に感動し、「日本のこども達にも見せたい」との想いからしかけ絵本の出版を開始。これをきっかけに康平さんは日本で先駆けてしかけ絵本を担当することになります。しかし、営業先の書店ではまともに取り合ってもらえないことがほとんどでした。
康平さん:「当時は児童図書の良さを広めようとする動きが始まったばかり。そんな中でしかけ絵本は、読者である親子には好評でも、書店や専門家など業界関係者には評価されない傾向にありました。本の価値として文学性に重きが置かれており、おもちゃのようなしかけ絵本は本としてこどもに与えるべきではないという風潮があったのです。」
原点はしかけ絵本教室
評価されずもどかしい日々が続く中、なんとかしかけ絵本の魅力を広めたいと思いついたのが「しかけ絵本の作り方」教室。
康平さん:「会社の理解を得て教室を始め、そこでつくる楽しさを教えることにしました。すると、普段接する機会が無かった読者(親子層)へ直に魅力を伝えることができ、徐々にしかけ絵本の人気が広まっていったのです。結果的には図書業界におけるしかけ絵本の価値が高まることへと繋がりました。」
お店を持つことが夫婦の夢
長年会社勤めだった康平さんと創花の仕事をしていた晴代さんは、定年退職後は夫婦でお店を始めたいと考えていたそう。
康平さん:「何かしら二人でやりたいねと以前から話していました。当時そば打ちにはまっていたので蕎麦屋をやるのもいいかなって。」
なんとなくだった開業の夢は、妻の晴代さんの提案で前進することになります。
晴代さん:「しかけ絵本に夢中になるわが子の姿を見て、こんなに人を惹きつけられる絵本なのに専門店が無いのはおかしいと思っていました。それに加えて、業界に理解されず歯がゆい思いをしていた夫の姿を見てどうにかしたいと。これは自分たちが先導を切ってやるしかないと思い、しかけ絵本の専門店をやろうと言いました。」
それに対し、書店業界の厳しい状況を知っているだけに、開業には消極的だった康平さん。しかし、最終的には晴代さんの熱意に動かされ、定年退職前に仕事と並行する形で開業しました。こうして日本初の専門店が誕生し、ますますしかけ絵本の普及へと尽力することになります。
しかけ絵本専門店メッゲンドルファーのこだわり
しかけ絵本への熱い想いから、至る所にこだわりがみられるメッゲンドルファー。みんなに愛されている理由とも言えるお店の魅力をいくつかご紹介します。
店名の由来
そもそも「メッゲンドルファー」とは、しかけ絵本のパイオニアであるドイツ人作家:ロタール・メッゲンドルファーの名前から取っています。康平さんの好きな作家で、作品のみならず名前の響きも好きなんだとか。
康平さん:「最初はあれでもないこれでもないと店名がなかなか決まらなくて。でも、悩んでいた時にふとメッゲンドルファーの名前を思い出してからは即決でしたね。」
そんな店名の入ったロゴは、晴代さんの弟であり、染色造形作家の望月通陽さんのデザイン。お店のあたたかな雰囲気と、わくわくするようなしかけを彷彿とさせる絵柄が印象的です。
お店の雰囲気に合った建物
木のぬくもりを感じる外観はどこか冒険心をくすぐられるようで、自然とお店へ入りたくなる魅力があります。
これまでに2回移転しているメッゲンドルファーですが、今の場所は運命的な出会いだったと言います。
晴代さん:「以前は人がすれ違うのも大変な程小さなスペースで営んでいました。ですがしかけ絵本の魅力を伝えるには狭すぎるので、良い移転先がないかと探していたんです。そんなときふと今の場所を通りかかって、この建物に一目惚れして。直感を信じてオーナーさんに連絡してみるとタイミング良く借りられることになりました。」
そのオーナーさんは、この建物の良さを理解し大切にしてくれる方を探していたとのこと。そんな建物はまさにメッゲンドルファーのために建てられたかのような、お店の雰囲気にぴったりの佇まいです。
こだわりぬいた店内
晴代さんが一目惚れしたというこの建物は、外観だけでなく内装も特徴的。吹き抜けの天井から差し込む光が開放感を演出しています。本に囲まれわくわくするような空間は晴代さんと建築出身の息子さんでしかけ絵本にふさわしい店内へと仕上げました。
中央に飾られているのは、元花屋の晴代さんが育てたウンベラータという木。葉っぱがハートの形をしていることから「愛」「永久の幸せ」を意味すると言われています。天井に向かって伸びるその姿はすくすくと育つこどもを連想させ、また、訪れる方々を見守ってくれている存在のように感じられます。
メッゲンドルファーではすべてのしかけ絵本の見本を展示
「しかけ絵本は中を開かなきゃ魅力が伝わらない。実際に手に取って自分の好きなものを選んでほしい」と晴代さん。メッゲンドルファーには700種類以上のしかけ絵本を取り扱っており、そのほとんどに見本を用意しています。見本を見ながらじっくり選書できる環境がお客様の居心地の良さを叶えています。
今も続いているしかけ絵本教室
会社員時代から始めたしかけ絵本の作り方教室は、かれこれ40年以上も続いています。教室ではキットは用意せず、簡単なしかけを教えた後に自由に創作してもらう。これは昔から変わらないスタイルなのだそうです。
康平さん:「教室を始めた当初は私自身知識が少なく、見よう見まねでしかけを学びました。しかけ絵本は壊れやすいので、修理していじっているうちに仕組みを理解していきましたね。なので先生として教えるというよりかは、生徒と一緒になって作り上げるという感覚で今もやっています。あくまでも教えるのは基礎だけで、そこからは各々でアイデアを広げてもらう。キットだと用意されたものを作って終わりだけど、自由に作れば発想が生まれてオリジナルの作品が出来上がる。その楽しさを大切にできて良かったと今改めて思います。」
親子だけでなく幅広い年代の方が参加しており、老若男女が楽しめるこの教室。年代に関わらず同じ授業内容ですが、それぞれ違った表情の作品が生み出されます。しかけ絵本の普及を目的に始めた教室は、今では図書館や大学、幼稚園からも出張依頼があるほど人気となっています。
康平さん:「初めはこんなの作れないよと尻込みしていても、作ってみたら立派なしかけが出来て喜ばれる方が多くいらっしゃいます。身近な材料、簡単な作業で驚くしかけをつくれるからこそ奥が深いんですよね。」
他店とはひと味違うメッゲンドルファーの選書サービス
メッゲンドルファーでは、おすすめのしかけ絵本をお届けする”ブッククラブ”という定期便サービスがあります。他店でも同様のサービスがありますが、メッゲンドルファーのひと味違う所は依頼者の希望に沿ったしかけ絵本が届くという点。
晴代さん:「ブッククラブを希望される方から最初にどういう絵本が好きか、どんな目的で利用されたいかなどをお聞きします。それをもとに私たち家族3人で選書し、1年間のお届けスケジュールを立てています。一般的な書店の定期便は自動で選書しているため、つまらないと感じる本もあるとお客様から聞いたことがあります。うちでは希望に沿って選書しているのでその心配がなく、毎月届くのが楽しみと嬉しいお声をいただいています。」
康平さん:「たとえば小さなお子さんへの本を選書する場合、一般的に繊細なしかけは避ける方が多くみられます。好奇心旺盛なお子さんだとすぐに壊れてしまう可能性がありますから。ですがメッゲンドルファーではあえて繊細なしかけも選ぶようにしています。壊れるからダメではなく、好奇心を尊重してあげることが大切だと考えているからです。繊細な絵本を送った次の月は丈夫なしかけのものを選ぶなどして、しかけのタイプに波をつくるよう意識して選書しています。」
オープン当初から続いているこのサービスは、もともと幼稚園向けにスタートしたもの。今ではお子さんやお孫さんへ贈ったり、大人の方がご自分用に利用したりなどお客様の利用目的は様々です。
晴代さん:「ある方は孫への贈り物として利用し始めると、それまで疎遠になっていた孫から連絡が来るようになったと喜ばれています。他にもしかけ絵本をきっかけにもの知り博士と呼ばれるようになった子や、落ち着きのない子が座って本を読めるようになったという嬉しい報告をいただくこともあります。」
ブッククラブはコミュニケーションのきっかけや、本を大好きになる入口へとなっているようですね。
[/blogcard2]しかけ絵本専門店メッゲンドルファーのおすすめのしかけ絵本8選
しかけ絵本は気になるけど、どの絵本を選べばいいか分からない・・・と悩む方もいるのではないでしょうか。それに対し嵐田さんご夫婦は「よく〇歳向けの本はどれですかと訊かれますが、しかけ絵本に対象年齢はないと考えています。選書のときに一番大切なのは直感です。子どもであればその子が興味を持った絵本を読ませてあげるべきです。それがどんな内容であれ、自分で選んだ本はその子にとって大切なものになるし、そこから感じるもの学ぶものはたくさんあるから。大人の場合であっても、対象年齢を気にする必要はありません。読む年齢によって作品の感じ方は変わっていくのでそれを楽しむのも絵本の魅力の一つです。」と言います。
最近では絵本で人気だった作品がしかけ絵本になっていることもあるそうで、しかけバージョンで読み直すのもおすすめなんだとか。そんなしかけ絵本に詳しいお二人から、今回はシーン別におすすめの作品を教えていただきました。
自分のために久しぶりに絵本を読む方へ
「不思議の国のアリス」
ルイス・キャロルの名作が、素晴らしいポップアップで表現されている一作です。圧倒的な迫力と美しさは、大人までもが魅了されるほど。ページの中にもさらに小さなお話のページがついていたりと、ユニークなしかけを楽しむこともできます。アリスと共に不思議の世界に入り込み、ちょっとした冒険気分を味わってみてはいかがでしょうか。
「Little tree」
はじめは小さな存在だった木が、季節の移り変わりとともに変わっていく姿を描いています。短い言葉と、ほのかに映した街を背景に立つ一本の木の姿が、 読む者に静かな余韻を残す一冊です。2010年ボローニャ国際児童図書展にてラガッツィ賞を受賞しました。
忙しい毎日に疲れている方へ
「まほうつかいのノナばあさん」
たっぷりとした圧巻のしかけとともに、魔法使いのノナおばあさんが人生を豊かにする6つのことを教えてくれます。命と愛、友達と家族、喜び祝うことなど・・・。コルデコット受賞作家トミー・デ・パオラの温かさあふれるこの本は、見ているだけでほっとすること間違いないでしょう。
お子様に読み聞かせる方へ
「どんなにきみがすきだかあててごらん」
多くの人たちに愛されているロングセラーのしかけ絵本。2匹のウサギによるほのぼのとした可愛いやりとりをぜひお楽しみください。家族中が温かい気持ちになれる大切にしていただきたい一冊。
親戚や友人のお子様に贈る方へ
「ぴんぴかりんのしゃれたやつ」
ホログラムと鮮やかな色彩で描かれた生き物たちが、ダイナミックに飛び出すしかけ絵本。ページをめくるごとに生き物たちの数が増えていき、数遊びにもなっています。生後3か月くらいの赤ちゃんでも夢中になって笑い出します。年齢を超えてしかけの驚きと楽しさを体験できる一冊です。
「らいおん ガオくん パペットしかけえほん」
「らいおんガオくんが、げんきにめをさましました。『おはよう!』」などのセリフと一緒に、本の裏から手を入れてパペットを動かします。手を振ったり抱きしめたり、子どもと遊びながら会話が楽しめるかわいい絵本です。
大切な人に贈る方へ
「星の王子さま」
永遠の名作『星の王子さま』の”ポップアップ(しかけ)絵本”です。 ページをめくると絵が繊細かつ巧みに動き、詩情が深まります。読んで、絵を見て、しかけも楽しめる魅力満載の一作。池澤夏樹による訳の全文を収録しており、誰でも気軽に読むことができます。しかけと共に世界の名作をたっぷりお楽しみいただけるでしょう。
「花の神殿」
美しい花の水彩画に、外国の詩人たちによる甘い詩を添えた大人のしかけ絵本。心が安らぐと人気の作品です。 本を開いて立てればインテリアとしても楽しめます。
鎌倉のしかけ絵本専門店メッゲンドルファーで素敵な出会いを!
多くのしかけ絵本を取り揃えたメッゲンドルファー。そこにはわくわくを求めて全国からお客様が訪れます。意外にも若い男性が一人で訪れたり、カップルのデートコースになっていたりということもあるそうです。そんな老若男女が惹きつけられるしかけ絵本は、実際に手に取って見るからこそ魅力が分かるというもの。ぜひ心動かされるような体験ができるメッゲンドルファーへ足を運んでみてはいかがでしょうか。思わず欲しくなったり誰かに贈りたくなったりするような、素敵なしかけ絵本との出会いが待っていることでしょう。
【今回の取材先】
「しかけ絵本専門店 メッゲンドルファー」
神奈川県鎌倉市由比ガ浜2-9-61